、鼠色《ねずみいろ》も純黒《まっくろ》に勢《いきおい》なる様なもので、故先生があまりに物的《ぶってき》自我《じが》を捨てようとせられた為、其反動の余勢であなたは実際以上に自己を主張されねばならぬ様なハメになられたこともありましょう。それでなくても、婦人は自然に物質的になる可き約束の下《もと》にあるのです。先生が産《さん》を治《おさ》むる事をやめられてから、一家の主人役に立たれたあなたが、児孫《じそん》の為に利益を計り権利を主張し、切々《せっせ》と生活の資を積む可く努められたのも、致方はないと云った様な御気の毒なわけで、あなたの方から云えば先生にこそ不平あれ、先生から不足を云われる事はない筈です。と、誰も然《そう》申しましょう。然し夫人、生計を立つると云うも、程度の問題です。あなたが家の為を思わるゝあまり、ノーベル賞金を辞された先生に不満を懐《いだ》かれたり、何万ルーブルの為に先生の声を蓄音器に入れさせようとしたり、其外種々|仁人《じんじん》としても詩人としても心の富、霊の自由、人格の尊厳《そんげん》を第一位に置く霊活不覊《れいかつふき》なる先生の心を傷《いた》むるのは知れ切った事まで先
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