まよい出られねばならなかったのでしょうか? 世故《せこ》を経尽《へつく》し人事を知り尽した先生が、何故其老年に際し、否《いや》墓に片脚《かたあし》下《おろ》しかけて、釈迦牟尼《しゃかむに》の其生の初に為《せ》られた処をされねばならなかったか? 世間は誰しも斯く驚き怪《あやし》みました。不相変|主我的《しゅがてき》だと非難した者も少なくありませんでした。一風《いっぷう》変《かわ》った天才の気まぐれと笑ったのは、まだよい方かも知れません。先生もつらかったでしょう。然し夫人《おくさん》、悲痛の重荷は偏《ひとえ》にあなたの肩上に落ちました。あなたの経歴された処は、思うも恐ろしい。長い長い生涯の間、先生と棲《す》んで先生を愛されたあなたが、此世の旅の夕蔭《ゆうかげ》に、見棄てゝしまわれた様な姿になられようとは! 而《そう》してトルストイ[#「トルストイ」に傍線]の邪魔物は此であると云った様に白昼《ひるひなか》世界の眼の前に曝《さら》しものになられようとは! 夫人、誰かあなたに同情をさゝげずに居られましょう乎。如何に頑固な先生の加担者《かとうど》でも、如何程|苦《にが》り切ったあなたの敵対者《てき
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