出て居ました。熟々《つくづく》見て居る内に、私の眼は霞《かす》んで来ました。嗚呼ものが言いたい! 話がしたい! 然し先生は最早《もう》霊です。私の拙《まず》い言葉を仮《か》らずとも、先生と話すことが出来ます。書くならあなたに書かねばならぬ。そこで此手紙を書きます。私はうちつけに書きます。万事直截其ものでお出のあなたは、私が心底《しんそこ》から申すことを容《ゆる》して下さるだろうと思います。
二
何から申しましょうか。書く事があまり多い。最初先生の不可思議《ふかしぎ》な遽《にわ》かの家出を聞いた時、私は直ぐ先生の終が差迫《さしせま》って来た事を知りました。それで先生の訃《ふ》に接した時も、少しも驚きませんでした。勿論先生を愛する者にとっては、先生の最期は苦しい最期でした。何故《なぜ》先生は愛妻愛子愛女の心尽しの介抱《かいほう》の中に、其一片と雖も先生を吾有《わがもの》と主張し要求し得ぬものはない切っても切れぬ周囲の中に、穏《おだやか》に死なれる事が何故出来なかったでしょうか? 何故其生の晩景《ばんけい》になって、あわれなひとり者の死に様をする為に其温かな巣《す》からさ
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