ふっつりM君の消息を聞かなかったが、翌年《よくとし》ある日の新聞に、M君が安心《あんしん》を求む可く妻子を捨てゝ京都|山科《やましな》の天華香洞《てんかこうどう》に奔《はし》った事を報じてあった。間もなく君は東京に帰って来たと見え、ある雑誌に君が出家の感想を見たが、やがて君が死去の報は伝えられた。
見神の一義に君は到頭《とうとう》精力《せいりょく》を傾注《けいちゅう》せずに居られなくなったのである。而《しか》して生涯の大事《だいじ》、生存の目的を果したので、君は軽く肉の衣《ころも》を脱いだのであろう。
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ヤスナヤ、ポリヤナ[#「ヤスナヤ、ポリヤナ」に二重傍線]の未亡人へ
一
夫人《おくさん》。
私は夙《とく》に手紙を差上げねばならなかったのでした。実は幾回《いくたび》も幾回もペンを執《と》ったのでした。ペンを執りは執りながら、如何《どう》しても書くことが出来なかったのです。今日《きょう》、ビルコフ[#「ビルコフ」に傍線]さんの書いた故先生小伝の英訳を見て居ましたら、丁度先生の逝去《せいきょ》六週間前に撮影されたと云う先生とあなたの写真が
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