を見れば見られる。秋には竜胆《りんどう》がある。牧師の着物を被た或詩人は、嘗《かつ》て彼の村に遊びに来て、路に竜胆の花を摘《つ》み、熟々《つくづく》見て、青空の一片が落っこちたのだなあ、と趣味ある言を吐いた。露の乾《ひ》ぬ間《ま》の朝顔は、云う迄もなく碧色を要素《ようそ》とする。それから夏の草花には矢車草がある。舶来種のまだ我《わが》邦土《ほうど》には何処やら居馴染《いなじ》まぬ花だが、はらりとした形も、深《ふか》い空色も、涼しげな夏の花である。これは園内《えんない》に見るよりも Corn flower と名にもある通り外国の小麦畑の黄《き》ばんだ小麦まじりに咲いたのが好い。七年前の六月三十日、朝早く露西亜の中部スチエキノ停車場から百姓の馬車に乗ってトルストイ翁《おう》のヤスナヤ、ポリヤナ[#「ヤスナヤ、ポリヤナ」に二重傍線]に赴《おもむ》く時、朝露にぬれそぼった小麦畑を通ると、苅入近い麦まじりに空色の此花が此処にも其処にも咲いて居る。睡眠不足の旅の疲れと、トルストイ翁に今会いに行く昂奮《こうふん》とで熱病患者の様であった彼の眼にも、花の空色は不思議に深い安息《いこい》を与えた。
 夏
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