《その》後《のち》白に関する甲州だよりは此様な事を報じた。笛吹川《ふえふきがわ》未曾有《みそう》の出水で桃林橋が落ちた。防水護岸の為|一村《いっそん》の男総出で堤防に群《むら》がって居ると、川向うの堤に白いものゝ影が見えた。其は隣郡に遊びに往って居た白であった。白だ、白だ、白も斯水では、と若者等は云い合わした様に如何するぞと見て居ると、白は向うの堤を川上へ凡《およそ》二丁ばかり上ると、身を跳《おど》らしてざんぶとばかり濁流、箭の如《ごと》き笛吹川に飛び込んだ。あれよ/\と罵《ののし》り騒ぐ内に、愚なる白、弱い白は、斜に洪水の川を游《およ》ぎ越し、陸に飛び上って、ぶる/\ッと水ぶるいした。若者共は一斉《いっせい》に喝采の声をあげた。弱い彼にも猟犬《りょうけん》即《すなわ》ち武士の血が流れて居たのである。
白に関する最近の消息は斯《こ》うであった。昨春《さくしゅん》当時《とうじ》の皇太子殿下今日の今上陛下《きんじょうへいか》が甲州御出の時、演習御覧の為赤沢君の村に御入の事があった。其《その》時《とき》吠《ほ》えたりして貴顕に失礼《しつれい》があってはならぬと云う其の筋の遠慮から、白は一日
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