意地悪い犬が居た。坊ちゃんの白を一方《ひとかた》ならず妬み憎んで、顔さえ合わすと直ぐ咬《か》んだ。ある時、裏の方で烈《はげ》しい犬の噛み合う声がするので、出《で》て見ると、黒と白とが彼|天狗《てんぐ》犬《いぬ》を散々《さんざん》咬んで居た。元来平和な白は、卿《おまえ》が意地悪だからと云わんばかり恨《うら》めしげな情なげな泣き声をあげて、黒と共に天狗犬に向うて居る。聯合軍に噛まれて天狗犬は尾を捲き、獅子毛を逆立《さかだ》てゝ、甲州街道の方に敗走するのを、白の主人は心地よげに見送《みおく》った。
其後白と黒との間に如何《どん》な黙契が出来たのか、白はあまり黒の来遊《らいゆう》を拒まなくなった。白を貰《もら》って来てくれた大工が、牛乳《ぎゅうにゅう》車《ぐるま》の空箱を白の寝床に買うて来てくれた。其白の寝床に黒が寝そべって、尻尾ばた/\箱の側をうって納《おさ》まって居ることもあった。界隈《かいわい》に野犬《やけん》が居て、あるいは一疋、ある時は二疋、稲妻《いなずま》強盗《ごうとう》の如く横行し、夜中鶏を喰ったり、豚を殺したりする。ある夜、白が今死にそうな悲鳴をあげた。雨戸《あまど》引きあけ
前へ
次へ
全684ページ中107ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング