に記憶されるのであった。
 村入して間もなく、ある夜|先家主《せんやぬし》の大工がポインタァ種の小犬を一疋抱いて来た。二子の渡《わたし》の近所から貰って来たと云う。鼻尖《はなさき》から右の眼にかけ茶褐色の斑《ぶち》がある外は真白で、四肢は将来の発育を思わせて伸び/\と、気前《きまえ》鷹揚《おうよう》に、坊ちゃんと云った様な小犬である。既に近所からもらった黒い小犬もあるので、二の足踏んだが、折角貰って来てくれたのを還えすも惜しいので、到頭貰うことにした。今まで畳《たたみ》の上に居たそうな。早速《さっそく》畳に放尿《いばり》して、其晩は大きな塊《かたまり》の糞を板の間にした。
 新来の白《しろ》に見かえられて、間もなく黒《くろ》は死に、白の独天下となった。畳から地へ下ろされ、麦飯《むぎめし》味噌汁《みそしる》で大きくなり、美しい、而して弱い、而して情愛の深い犬になった。雄《おす》であったが、雌《めす》の様な雄であった。
 主夫妻《あるじふさい》が東京に出ると屹度|跟《つ》いて来る。甲州《こうしゅう》街道《かいどう》を新宿へ行く間《あいだ》には、大きな犬、強い犬、暴《あら》い犬、意地悪い犬が
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