、儂は眉を顰《ひそ》めて居る。要するに東京が日々攻め寄せる。以前聞かなかった工場《こうば》の汽笛なぞが、近来《きんらい》明け方の夢を驚かす様になった。村人も寝《ね》ては居られぬ。十年前の此村を識って居る人は、皆が稼ぎ様の猛烈《もうれつ》になったに驚いて居る。政党騒《せいとうさわ》ぎと賭博は昔から三多摩の名物《めいぶつ》であった。此頃では、選挙争に人死《ひとじに》はなくなった。儂が越して来た当座《とうざ》は、まだ田圃向うの雑木山に夜灯《よるあかり》をとぼして賭博をやったりして居た。村の旧家の某が賭博に負《ま》けて所有地一切勧業銀行の抵当《ていとう》に入れたの、小農の某々が宅地《たくち》までなくしたの、と云う噂をよく聞いた。然し此の数年来《すうねんらい》賭博風《とばくかぜ》は吹き過ぎて、遊人と云う者も東京に往ったり、比較的《ひかくてき》堅気《かたぎ》になったりして、今は村民一同|真面目《まじめ》に稼いで居る。其筋の手入れが届くせいもあるが、第一|遊《あそ》んで居られぬ程生活難が攻め寄せたのである。

       四

 儂の家族は、主人夫婦《あるじふうふ》の外明治四十一年の秋以来兄の末女
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