た。
「しやうのねえ奴だ」お巡りさんはやつと返事をした。さうして、今迄の笑顔は消えて、その面持は、一寸曇つてゐた。
 車中の小事件はそれだけであつた。私には何のことか、よく分らなかつた。

 坊の主人と、晩飯のあと、炉端で岩魚釣りの話をしてゐた。
 岩魚釣りも、カーバイトを燃やして、夜釣りをやる、これは中々面白いが、寒くなると川の中を歩くのはたいへんだ、全身が冷え切つてしまふ、もう駄目ですねと、話してくれる。私は思ひ出したやうに、火を掻きたてゝ主人の言葉に耳をかしてゐた。
 すると、突然、表の戸をたゝくものがあつた。主人が立つて行つて、障子を明ると、土間の入口に、二人の服装の違つた人が立つてゐた。
 眼鏡をかけた方の人は、早速云つた。
「署の者ですが、お宅には、猟師は泊つてゐませんか」
 この人達はお巡りさんであつたのだ。
「御覧の通りです、別に居りません」
 主人がさう云つて答へると、二人は別にそれ以上詳しくはきかなかつた。
「今夜は風が強いですね、御苦労様」
 主人は表戸をしめると、また炉の傍に戻つてきた。
「どうやら、密猟者が山に入り込んだと見えますね」
 主人はさう云つた。
 
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