と猟銃を手にしてゐた。もうさいぜんの秘密めいた酒の小瓶は何処にしまつたのか見当らなかつた。
「いや、お邪魔をしました」男は私にそれだけ云つてから、今度はひとりごとのやうに、「夜明けまで、火に暖まつてゆかなくちや」と呟いた。思ひがけないやうな山間で、汽車がごくんと停ると、男は静かに降りて行つた。

 その日の午后は、私は、飯綱原を走つてゐる乗合の客になつてゐた。
 寒さの早いこのあたりでは、もう紅葉の時機はすぎて、黄色くす枯れた林は、奥の方まで見透された。
 車中は例によつて、いろんな人が乗つてゐた。鞄を持つた医者、子を負つた女、そんな中に、お巡りさんも一人ゐた。
 お巡りさんは、人のよささうな感じで、隣の人と世間話などしてゐたが、やうやく、戸隠の峯々が見え初めたころ突然、車中で立ち上つた。窓から何物かを探しもとめるらしかつた。
 すると隣にゐた農人は、すぐ、「入り込んだらしいかね」と声をかけた。お巡りさんは、それには返事をしなかつた。お巡りさんは林の方を眺めてゐる、かと思ふと、美しく晴れた空の方にも目をやつた。
「やっぱり今のはさうかね」農夫は自分ものび上るやうにして、もう一度声をかけ
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