明日から猟が解禁になる、その前日を覗つて、こつそり鉄砲打ちをやるものがゐる、それで、あゝやつて、坊の一軒々々を調べて歩くのだ、さう云つて説明してくれた。
私はやつと、昼間の乗合中の小事件も了解された。
「だが、あゝやつて、一寸覗いただけで、猟師の泊つてゐるのが、わかるか知ら」
私がさう云つて訊くと、「なーに、犬を連れてゐるので、すぐ分りますよ」と主人は答へた。お内儀さんも傍から、「さう云へば、今夜は犬の泣き声もきこえませんね」と口を出した。
戸隠の坊と猟師では、あまり似つかはしくもない。しかし、秋おそい、山村の小話としては、捨て難い、私はそんな風にも思つた。さうして、もう一度、炉の火を掻き立てゝゐると、私はふと、車中で見た赤ら顔の男の事が思ひ出された。
勿論、あれらの人が、密猟者だと云ふのではない。
只、無口で、どこかいかつい所もあり、あの秘密めいた小瓶の酒を静かに飲み、高鼾をかき、さうして降りるときも、こつそり出てゆく、猟人と云ふものの、或る性格を思ひ出したに過ぎなかつた。
底本:「日本の名随筆20・歳時記 冬」作品社
1984(昭和59)年6月25日初版発行
前へ
次へ
全6ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
津村 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング