にはてんで見当もつかない。
 岩はくずれてカミソリのように鋭くなっている、ずいぶん丈夫な切れ地を選んだつもりだったが、ロンドンで仕立ておろしのズボンには方々に穴があいて、下から血がにじんでくる、掌などは傷だらけだが、あぶなくて手袋などはめてはいられない、ただ満身の力を両腕にこめて、機械体操の要領で、ずり上がるよりほかに仕方はない。
 小屋を発って、ちょうど八時間目に、やっと雪の山稜の直下に達した、考えてみると、あまり大事をとりすぎて、よほどグロース・ラウテラールホルンの方に片寄って登ったように思われる、そしてそれと、グロース・シュレックホルンとをつなぐ山稜の上は、あぶなくて通れないから、クーロアールに臨んだ崖に沿うて、はいずっておったのである。
 山稜の上に残った雪の上に、荷をおろして一休みした、後ろはひどくえぐられた深い崖の底に、ラウテラール・グレッチェルがのぞかれる。それの向こうはベルクリシュトックから、左に並んで、ウェッテルホルンの三山、ここから見るとむろん、立派なのはまん中のミッテルホルンで、左のハスリ・ユンクフラウは、頂上の岩がこぶのように見おろされる。
 朝の一時から何にも
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