立っていたが、別に話すこともなかった。私の方でも口を利くのも怠儀であった。
「斯うしていても際限《きり》がないから、……私、最早《もう》帰りますよ。じゃこれで一生会いません。」と、傍《あたり》を憚るように、低声《こごえ》で強いて笑うようにして言った。
 私は「うむ!」と、唯一口、首肯《うなず》くのやら、頭振《かぶり》を掉《ふ》るのやら自分でも分らないように言った。
 それから汽車に乗っている間、窓の枠に頭を凭《もた》して、乗客《ひと》の顔の見えない方ばかりに眼をやって静《じっ》と思いに耽っていた。――彼地《あちら》に行っても面白くないから、それで、またしても戻って来たのだが、斯うしていても、あの年齢を取った、血気《ちのけ》のない、悧巧そうな顔が、明白《ありあり》と眼に見える。……あれから、あゝして、あゝしている間に秋海棠も咲き、コスモスも咲いて、日は流れるように経って了った。……
 それにしても、胸に納まらぬのは、あの長田の手紙の文句だ。帰途《かえり》に電車の中でも、勢いその事ばかりが考えられたが、此度のお宮に就いては、悪戯《いたずら》じゃない嫉妬《やきもち》だ。洒落《しゃ》れた唯の悪
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