の箪笥がある。其れには平常《いつも》の通り、用箪笥だの、針箱などが重ねてあって、その上には、何時からか長いこと、桃色|甲斐絹《かいき》の裏の付いた糸織の、古うい前掛に包んだ火熨斗《ひのし》が吊してある。「あの前掛は大方十年も前に締めたのであろう!」と思いながら私は、あの暗い天井の隅々を、一遍ぐるりッと見廻した。そうして、また箪笥の方に気が付くと、あの抽斗《ひきだし》も、下の方の、お前の僅ばかりの物で、重《おも》なるものの入っていそうな処は、最初《はじめ》から錠を下してあったが、でも上の二つは、――私の物も少しは入っているし、――何か知ら、種々《いろん》なものがあって、錠も下さないであったが、婆さんがしたのか、誰れがしたのか、何時の間にかお前の物は、余処々々《よそよそ》しく、他へ入れ換えて了って、今では唯上《たった》の一つが、抽《ぬ》き差し出来るだけで、それには私の単衣《ひとえ》が二三枚あるばかりだ。……「一体何処に何うしているんだろう?」と、また暫時《しばら》く其様《そん》なことを思い沈んでいたが、……お宮も何処かへ行って了うと、言う。加之《それに》今朝のことを思い出せば、遠く離れた此
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