の不足をするのは尚お堪えられなかった。そう思って先刻《さっき》から、一人で神経を悩ましていたが、ふっと、今日は、長田《おさだ》が社に出る日だ、彼処《あすこ》に使いを遣って、今日は最う十七日だから、今月書いた今までの分を借りよう。――それはお前も知っている通りに、始終《しょっちゅう》行《や》っていたことだ。――と、そう気が付いて、手紙の裏には「牛込区喜久井町、雪岡」と書いて車夫《つかい》に、彼方《あちら》に行ってから、若しも何処から来たと聞かれても、牛込から来た、と言わしてくれと女中に頼んだ。
暫時《しばらく》して車夫は帰って来たが、急いで封を切って見ると、銭は入っていなくって唯、
「主筆も編輯長もまだ出社せねば、その金は渡すこと相成りがたく候。」
と、長田の例《いつも》の乱筆で、汚い新聞社の原稿紙に、いかにも素気《そっけ》なく書いてある。私は、それを見ると、銭の入っていない失望と同時に「はっ」と胸を打たれた。成程|使者《つかい》が丁度向に行った頃が十二時時分であったろうから、主筆も編輯長もまだ出社せぬというのは、そうであろう。が、「その金は渡すこと相成り難く候。」とあるのは可怪《お
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