立って電灯を消したが、頭の心《しん》が冴えて了って眠られない。
また立って明るくして見た。お宮は眠った眼を眩しそうに細く可愛く開《あ》いて見て、口の中《うち》で何かむにゃ/\言いながら、一旦上に向けた顔を、またくるりと枕に伏せた。私は此度は幕で火影《ほかげ》を包んで置いて、それから腹這いになって、煙草を一本摘んだ。それが尽きると、また立ち上って暗くした。お宮は軈《やが》てぐっすり寝入ったらしい。……私は夜明けまで遂々《とうとう》熟睡しなかった。翌朝《あくるあさ》、お宮は、
「精神的に接するわ。」と、一つは神経の疲れていた所為《せい》もあったろうが、ひどく身体を使った。
「じゃ、これッ切り最《も》う会えないねえ。何だか残り惜しいなあ。お別れに飯でも食べよう。……何が好いか? ……かしわにしようか。」と、私は手を鳴して朝飯《めし》を誂えた。
お宮は所在なさそうに、
「あなた、私に詩を教えて下さい。私詩が好きよッ。」と、言って自分で頼山陽の「雲乎《くもか》山乎《やまか》」を低声《こごえ》で興の無さそうに口ずさんでいる。
その顔を、凝乎《じっ》と見ると、種々《いろん》な苦労をするか、今朝
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