い。宮ちゃんも少し何うかして上げれば好い。」
「何うかしてあげれば好いって、何うすることも出来やしない。際限《きり》がないんだもの。」と、お宮は、怒るように言ったが、「私もその人の為にはこれまで尽せるだけは尽しているの。初め此方《こっち》が世話になったのは、既《も》う夙《とっく》に恩は返している。何倍此方が尽しているか知れやしない。……つまり自分でも此の頃漸く、私くらいな女は、何処を探しても無いということが分って来たんでしょうと思うんだ。斯う見えても、私は、本当の心は好いんですから、そりゃ私くらい尽す女は滅多にありゃしないもの。……ですから其の人の心も、他の者には知れなくっても、私にだけは分ることは、よく分っているの。」と、しんみりとなった。
「うむ/\。そうだ。お前の言うことも、私にはよく分っている。……じゃ二人で余程《よっぽど》苦労もしたんだろう。」
「そりゃ苦労も随分した。米の一升買いもするし……私、終《しまい》には月給取って働きに出たよ。」
「へえ、そりゃえらい。何処に?」
「上野に博覧会のあった時に、あの日本橋に山本という葉茶屋があるでしょう。彼処《あすこ》の出店に会計係にな
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