も少し私を棄てないで置いてくれないか。……何日《いつ》かも話した通り、此の土地で初めてお蓮《れん》を呼んで、あまり好くもなかったから、二十日ばかりも足踏みしなかったが、また、ひょッと来て見たくなって、お蓮でも可いから呼べと思って、呼ぶと、蓮ちゃんがいなくって、宮ちゃんが来た。それから後は君の知っている通りだ。宮ちゃんのような女《ひと》は、また容易に目付からないもの。」
 そう言って、私は、仰けになっていた身体を跳ね起きて、女の方に向いて、蒲団の上に胡坐《あぐら》をかいた。
 お宮は、沈んだ頭振を掉って、
「いけない! 何うしても隠れなくッちゃならない!」堅く自分に決心したように底力のある声で言って、後は「ですからあなたにはお気の毒なの……。私の代りにまたお蓮さんを呼んであげて下さい。」と言葉尻を優しく愛想を言った。そうしてまた独りで思案に暮れているらしい。
 私は、喪然《がっかり》して了った。
「何うでも隠れなくってはならない! ……君には、其様《そん》な逃げ隠れをせねばならぬような人があったのか。……それには何れ一と通りならぬ理由《わけ》のあることだろうが、何うしてまあ其様なことにな
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