うに言った。
それまでは、機会《おり》に依っては、何処かつんと思い揚って、取澄ましているかと思えば、また甚《ひど》く慎《つつまし》やかで、愛想もそう悪くはなかったが、今夜は余程思い余ったことがあるらしく、心が悩めば悩むほど、放埒《わがまま》な感情がぴり/\と苛立って、人を人臭いとも思わぬような、自暴自棄《すてばち》な気性を見せて来た。
その時私はます/\「こりゃ好い女を見付けた。此の先きどうか自分の持物にして、モデルにもしたい。」と腹で考えた。そう思うと尚お女が愛《お》しくなって、一層声を和げて賺《すか》すように、
「……何を言ってる? 君が早く来ないと言ってそれを何とも言ってやしないじゃないか。見給え! 斯うして温順《おとな》しく書籍《ほん》を読んで待っていたじゃないか。……戸外はさぞ寒かったろう。さッ、入ってお寝!」
「本当に済みませんでしたねえ、随分待ったでしょう。」此方《こちら》に顔を見せて微笑《え》んだ。
「さあ/\そんなことは何うでも好いわ……。」けれどもそれは女の耳に入らぬようであった。
「はあッ……私、困ったことが出来たの。」声も絶え/″\に言った。
「困った。……
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