、私は、それを、何も彼も美しいと見た。
女は、矢張り黙っている。
「おい! どうしたの?」私は矢張り負けて静かに斯う口を切った。
「どうも遅くなって済みませんでした。」優しく口を利いて、軽く嬌態《しな》をした。
そう言ったまゝ、後は復《ま》た黙《だま》あって此度は一層強い太息《ためいき》を洩らしながら、それまでは火鉢の縁に翳《かざ》していた両手を懐中《ふところ》に入れて、傍の一閑張りの机にぐッたりと身を凭せかけた。そうして右の掌だけ半分ほど胸の処から覗《のぞか》して、襦袢の襟を抑えた。その指に指輪が光っていた。崩れた膝の間から派手な長襦袢が溢《こぼ》れている。
女と逢いそめてから、これでまだ四度《よたび》にしかならぬ。それが、其様《そん》な悩んだ風情を見せられるのが初めてなので、それをも、私は嬉しく美しいと自分も黙あって飽かず眺めていた。
けれども遂々辛抱しきれないで、復た、
「どうしたの?」と重ねて柔しく問うた。すると、女は、
「はあッ」と絶え入るように更に強い太息を吐いて片袖に顔を隠して机の上に俯伏して了った。束髪《かみ》は袖に緩く乱れた。
私は哀れに嬉しく心元なくなって
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