びに来さす為には家を変りたいと思ったが、お前のこと、過去《これまで》のことを思えば、無惨《むざ》と、此処を余処《わき》へ行く事も出来ない。お母さんの顔には日の経つごとに「何時までいるつもりだ。さッ/\と出て行け!」という色が、一日一日と濃く読めた。またそれを口に出して言いもした。私も無理はないと知っていた。そうでなくてさえ況《ま》して年を取った親心には、可愛い生《うみ》の娘に長い間、苦労をさした男は、訳もなく唯、仇敵《かたき》よりも憎い。お母さんで見れば、私と別れたからと言って、そんならお前を何うしようというのではない。唯|暫時《しばらく》でも傍へ置いときさえすれば好い。それが仇敵がそうしている為に、娘を傍に置くことが出来ないばかりではない、自分で仇敵に朝晩の世話までしてやらなければならぬ。老母《としより》に取っては、それほど逆《さか》さまなことはない。
けれども、私の腹では、仮令お前はいなくっても、此家《ここ》に斯うしていれば、まだ何処か縁が繋がっているようにも思われる。出て了えば、此度こそ最早《もう》それきりの縁だ。それゆえイザとなっては、思い切って出ることも出来ない。そうしてい
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