暮臭くって厭だ。もし他人《ひと》に聞かれでもすると一層|外聞《ざま》が悪い。此処は一つ観念の眼を瞑《ねむ》って、長田の心で、なろうようにならして置くより他はないと思った。
 が、そうは思ったものの、自分の今の場合、折角探しあてた宝をむざ/\他人に遊ばれるのは身を斬られるように痛《つら》い。と言って、「後生だ。何うもしないで置いてくれ。」と口に出して頼まれもしないし、頼めば、長田のことだから、一層悪く出て悪戯をしながら、黙っているくらいのことだ。
 と、私はお宮ゆえに種々《いろいろ》心を砕きながら、自家《うち》に戻った。此の心をお宮に知らす術《すべ》はないかと思った。
 取留めもなく、唯自家で沈み込んでいた時分には、何うかして心の間切《まぎ》れるように好きな女でも見付かったならば、意気も揚るであろう。そうしたら自然に読み書きをする気にもなるだろう。読み書きをするのが、何うでも自分の職業とあれば、それを勉強せねば身が立たぬ、と思っていた。すると女は兎も角も見付かった。けれども見付かると同時に、此度はまた新らしい不安心が湧いて来た。しばらく寂しく沈んでいた心が一方に向って強く動き出したと思っ
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