があれば、あると言って了ったら好さそうなものに此方で、『あなた、奥様があって?』と聞くと、大抵の人があっても無いというよ。」
「じゃ私も有っても無いと言っているように思われるかい?」
「何うだか分らない。」人の顔を探るように見て言った。
「僕、本当はねえ、あったんだけれど、今は無いの。」
「そうら……本当に?」女はにや/\笑いながら、油断なく私の顔を見戍《みまも》った。
「本当だとも。有ったんだけれど、別れたのさ。……薄情に別れられたのさ。……一人で気楽だよ。……同情してくれ給え! 衣類《きもの》だって、あれ、あの通り綻びだらけじゃないか。」
「それで今、その女《ひと》は何うしているの?」お宮の瞳《め》が冴えて、両頬《ほお》に少し熱を潮《さ》して来た。
「さあ、別れたッきり、自家《うち》にいるか何うしているか、行先なんか知らないさ。」
「本当に? ……何時別れたんです? ……ちゃんと分るように仰しゃい! 法学者の処にいたから、曖昧な事を言うと、すぐ弱点を抑えるから。……何うして別れたんです?」気味悪そうに聞いた。
「種々《いろいろ》一緒にいられない理由《わけ》があって別れたんだが、最早
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