たはまた好きな奥さんなり、女なりありますよ。兎に角今日中に何処か下宿へ行って下さい。そうでなければ私が柳町の人達に何とも言いようがないから。」
と言って催促するから、私は探しに行った。
二百十日の蒸暑い風が口の中までジャリ/\するように砂|塵埃《ぼこり》を吹き捲って夏|劣《ま》けのした身体《からだ》は、唯歩くのさえ怠儀であった。矢来に一処《ひとところ》あったが、私は、主婦《おかみ》を案内に空間を見たけれど、仮令《たとい》何様《どん》な暮しをしようとも、これまで六年も七年も下宿屋の飯は食べないで来ているのに、これからまた以前《もと》の下宿生活に戻るのかと思ったら、私は、其の座敷の、夏季《なつ》の間《ま》に裏返したらしい畳のモジャ/\を見て今更に自分の身が浅間しくなった。それで、
「多分|明日《あす》から来るかも知れぬから。」
と言って帰りは帰ったが、どう思うても急に他《ほか》へは行きたくなかった。というのは強《あなが》ちお前のお母《っか》さんの住んでいる家――お前の傍を去りたくなかったというのではない。それよりも斯うしていて自然に、心が変って行く日が来るまでは身体を動かすのが怠儀で
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