えた。
私は可笑くなって此方《こっち》も暫く黙っていた。けれども、私はそんなにして黙っているのが嫌いだから、
「そんな風をしないでもっと此方《こっち》においで。」と言った。
待っている間、机の上に置いてあった硯箱を明けて、巻紙に徒《いたず》ら書きをしていた処であったから机の向《むこう》に来ると、
「宮ちゃん、之れに字を書いて御覧。」
「えゝ書きます。何を?」
「何とでも可いから。」
「何かあなたそう言って下さい。」
「私が言わないったって、君が考えて何か書いたら可いだろう。」
「でもあなた言って下さい。」
「じゃ宮とでも何とでも。」
「……私書けない。」
「書けないことはなかろう、書いてごらん。」
「あなた神経質ねえ。私そんな神経質の人嫌い!」
「…………。」
「分っているから、……あなたのお考えは。あなた私に字を書かして見て何うするつもりか、ちゃんと分っているわ。ですから、後で手紙を上げますよ。あゝ私あなたに済まないことをしたの。名刺を貰ったのを、つい無くして了った。けれど住所《ところ》はちゃんと憶えています。……××区××町××番地雪岡京太郎というんでしょう。」
斯様《こん》
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