て、すしを摘もうか、やきとりにしようか、と考えながら頭でのれん[#「のれん」に傍点]を分けて露店の前に立った。
 その銭《かね》が入ったら――例の箱根から酷《きび》しくも言って来るし、自分でも是非そのまゝにしている荷物を取って来たり、勘定の仕残りだのして二三日遊んで来ようと思っていたのだが、私はもう箱根に行くのは厭になった。で、種々《いろいろ》考えて見て箱根へは為替で銭を送ることにして、明日の晩早くからまた行った。そうして此度は泊った。――斯ういう処へ来て泊るなんということは、お前がよく知っている、私には殆ど無いと言って可い。
 続けて行ったものだから、お宮は、入って来て私と見ると、「さては……」とでも思ったか「いらッしゃい。」と離れた処で尋常に挨拶をして、此度上げた顔を見ると嬉しさを、キュッと紅《べに》をさした脣で小さく食い締めて、誰れが来ているのか、といったような風に空とぼけて、眼を遠くの壁に遣りながら、少し、頸を斜《はす》にして、黙っていた。その顔は今に忘れることが出来ない。好い色に白い、意地の強そうな顔であった。二十歳《はたち》頃の女の意地の強そうな顔だから、私には唯美しいと見
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