て、そっと指先で突く真似をして、
「おい何うかしたの? ……何処か悪いの?」と言って、掌で背《せなか》をサアッ/\と撫でてやった。
 すると、女は、
「いえ。」と、軽く頭振《かぶり》を掉《ふ》って、口を圧されたような疲れた声を出して、「極りが悪いから……」と潰したように言い足した。そうして二分間ほどして魂魄《こころ》の脱けたものゝように、小震いをさせながら、揺々《ゆらゆら》と、半分眼を瞑《ねむ》った顔を上げて、それを此方に向けて、頬を擦り付けるようにして、他《ひと》の口の近くまで自分の口を、自然に寄せて来た。そうして復《ま》た枕に顔を斜に伏せた。
 私は、最初《はじめ》から斯様な嬉しい目に逢ったのは、生れて初めてであった。
 水の中を泳いでいる魚ではあるが、私は急に、そのまゝにして置くのが惜しいような気がして来て、
「宮ちゃん。君には、もう好い情人《ひと》が幾人《いくたり》もあるんだろう。」と言って見た。
 すると、お宮は、眼を瞑《ねむ》った顔を口元だけ微笑《え》みながら、
「そんなに他人《ひと》の性格なんか直ぐ分るもんですか。」甘えるように言った。私は性格という言葉を使ったのに、また
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