……と訊いたら、斯うしてお母《っか》さんを養っていると言う。お母さんは何処にいるんだ? と聞くと、下谷にいて、他家《よそ》の間を借りて、裁縫《しごと》をしているんです、と言う。
私は、全然《まるまる》直ぐそれを本当とは思わなかったけれど、女の口に乗って、紙屋治兵衛の小春の「私一人を頼みの母様《ははさま》。南辺《みなみへん》の賃仕事して裏家住み……」という文句を思い起して、お宮の母親のことを本当と思いたかった。……否《いや》、或は本当と思込んだのかも知れぬ。
お前が斯様なことをしてお母さんを養わなくってもほかに養う人はないのか? と訊くと、姉が一人あるんですけれど、それは深川のある会社に勤める人に嫁《かたづ》いていて先方《さき》に人数が多いから、お母さんは私が養わなければならぬ、としおらしく言う。
「そうか。……じゃ宮という名は、小説で名高い名だが、宮ちゃん、君は小説のお宮を知っているかね?」
「えゝ、あの貫一のお宮でしょう? 知っています。」
「そうか。まあ彼様《あん》なものを読む学者だ。私は。」
「じゃあなたは文学者? 小説家?」
「まあ其処等あたりと思っていれば可い。」
「私も
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