る書き物なんかする気には何うしてもなれない。それなら何うしようというのではないが、唯何にでも魂魄《こころ》が奪《と》られ易くなっているから、道を歩きながら、フト眼に留った見知らぬ女があると、浮々《うかうか》と何処までも其の後を追うても見た。
長く男一人でいれば、女性《おんな》も欲しくなるから、矢張し遊びにも行った。そうかと言って銭が無いのだから、好くって面白い処には行けない。それゆえ銭の入らない珍らしい処を珍らしい処をと漁って歩いた。なろうならば、何《なんに》もしたくないのだから、家賃とか米代とか、お母《っか》さんに酷《きび》しく言われるものは、拠《よんどころ》なく書き物をして五円、八円取って来たが、其様《そん》な処へ遊びに行く銭は、「あゝ行きたい。」と思えば段々段々と大切にしている書籍《ほん》を凝乎《じっ》と、披《ひら》いて見たり、捻《ひねく》って見たりして、「あゝこれを売ろうか遊びに行こうか。」と思案をし尽して、最後《しまい》にはさて何うしても売って遊びに行った。矢来の婆さんの処にも度々古本屋を連れ込んだ。そうすれば、でも二三日は少しは心が落着いた。
その時分のことだろう。居先
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