だが、その度毎に、茶碗だって何だって丁寧に始末をしたのは、私も知っている――尤も後《あと》になっては、段々お前も、「もう茶碗なんか、丁寧に包まない。」と言い出した。それも私はよく知っている。また其れがいよ/\別れねばならぬことになって、一層丁寧に、私の所帯道具《もちもの》の始末をしてくれたのも知っている。
それでいて、私は柳町の人達よりも一層深い事情《わけ》を知らぬ婆さんが、そう言ってくれるのを自分でも気安めだ、と承知しながら、聞いているのが何よりも楽みであった。私は寄席《よせ》にでも行くようなつもりで、何《なん》か買って懐中《ふところ》に入れては婆さんの六十何年の人情の節を付けた調子で「お雪さんだって、あれであなたのことは思っているんですよ。」を聞きに行った。
そうしながら心は種々《いろいろ》に迷うた。何うせ他へ行かねばならぬのだから家を持とうかと思って探しにも行った。出歩きながら眼に着く貸家《うち》には入っても見た。が、婆さんを置くにしても、小女《こおんな》を置くにしても私の性分として矢張し自分の心を使わねばならぬ。それに敷金なんかは出来ようがない。少し纏まった銭《かね》の取れ
前へ
次へ
全118ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング