ひと》だ。それを思うと雪岡さん、私はあなたがお気の毒になりますよ……」
 と言って、襦袢の袖口で眼を拭いてくれるから、私のことと婆さんのこととは理由《わけ》が全然《すっかり》違っているとは知っていながら、
「ナニお雪の奴、そんな人間であるもんですか。……それに最早《もう》、何《ど》うも嫁《かたづ》いているらしい。屹度それに違いない。」と言うと、婆さんは此度は思わせ振りに笑いながら、
「へ……奴なんて、まあ大層お雪さんが憎いと思われますね。まさか其様《そん》なことはないでしょう。……私には分らないが、……お雪さんだって、あれであなたの事は色々と思っているんですよ……。あの自家《うち》の押入れに預かってある茶碗なんか御覧なさいな。壊れないように丹念に一つ一つ紙で包んで仕舞ってある。矢張しまたあなたと所帯を持つ下心があるからだ。……あんなに細かいことまでしゃん/\とよく気の利く人はありませんよ。」と、斯う言い/\した。
 私は、私とお前との間は、私とお前とが誰れよりもよく知っていると知っていたから婆さんがそんなことを言ったって決して本当にはしやしない。随分度々、お前には引越の手数を掛けたもの
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