損になるような人間に向っては、其様なことは、おくびにも出し得ない癖に、一文もたそくにならないやくざ[#「やくざ」に傍点]な人間だと思って、人を馬鹿にしやがるないッ。
 と、忽ちそう感じて湧々《わくわく》する胸を撫でるように堪えながら、向の顔を凝乎と見ると、長田は、その浅黒い、意地の悪い顔を此方に向けて、じろ/\と視ている。
「彼奴も俺が口説いたら何うだろう。」と、いうその自暴糞《やけくそ》な出放題な言い草の口裏には、自分の始終《しょっちゅう》行っている蠣殻町で、此方が案外好い女と知って、しごきなどを貰った、ということが嫉けて嫉けて、焦《じ》れ/\して、それで其様なことを口走ったのだということが、明歴《まざ》と見え透いている。
 そう思って、また凝乎と長田の顔色を読みながら、自分の波のように騒ぐ心を落着け落着けしていたが、饗庭は先刻その長田の言った言葉を聞くと、同時にまた気の毒な顔をして私を見ていたが、二人が後を黙っているので、暫時経ってから何と思ったか、
「あの人可いじゃありませんか。……私なんか本当に感服していたんですよ。感服していたんですよ。……」と、誰れにも柔かな饗庭のことだから
前へ 次へ
全118ページ中115ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング