見ると、饗庭が、何とも言えない独り居り場に困っているというような顔をして私の顔を凝乎《じっ》と見ている。その顔を見ると自分は泣き顔をしているのではないか、と思って、悄気《しょげ》た風を見せまいと一層心を励まして顔に笑いを出そうとしていると、長田は、ますます癖の白い歯を、イーンと露《あらわ》して嬲《なぶ》り殺しの止《とど》めでも刺すかのように、荒い鼻呼吸をしながら、
「雪岡が買った奴だと思ったらいやな気がしたが、ちぇッ! 此奴《こいつ》姦通するつもりで遊んでやれと思って汚《よご》す積りで呼んでやった。はゝゝゝゝ。君とお宮とを侮辱するつもりで遊んでやった。」とせゝら笑いをして、悪毒《あくど》く厭味を言った。
 けれども私は、「何うしてそんなことを言うのか?」と言った処が詰まらないし、立上って喧嘩をすれば野暮になる。それに忌々しさの嫉妬心から打壊しを遣ったのだ、ということは十分に飲込めているから、何事《なに》に就けても嫉妬心が強くって、直ぐまたそれを表に出す人間だが其様なにもお宮のことが焼けたかなあ、と思いながら、私は長田の嫉妬心の強いのを今更に恐れていた。
 それと共に、また自分の知った女
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