》もなく歩き廻った。天気が好ければよくって戸外《そと》に出るし、雨が降れば降って家内《うち》にじっとしていられないで出て歩いた。破れた傘を翳《さ》して出歩いた。
そうしてお前と一緒に借りていた家は、古いのから古いのから見て廻った。けれども何《ど》の家の前に立って見たって、皆《みん》な知らぬ人が住んでいる。中には取払われて、以前《まえ》の跡形もない家もあった。
でも九月中ぐらいは、若しかお前のいる気配はせぬかと雨が降っていれば、傘で姿が隠せるから、雨の降る日を待って、柳町の家の前を行ったり来たりして見た。
家内《うち》にいる時は、もう書籍《ほん》なんか読む気にはなれない。大抵猫と遊んでいた。あの猫が面白い猫で、あれと追駈《おっかけ》ッこをして見たり、樹に逐い登らして、それを竿でつゝいたり、弱った秋蝉《ひぐらし》を捕ってやったり、ほうせん花の実《みの》って弾《はじ》けるのを自分でも面白くって、むしって見たり、それを打《ぶっ》つけて吃驚《びっくり》させて見たり、そんなことばかりしていた。処がその猫も、一度二日も続いて土砂降りのした前の晩、些《ちょっ》との間《ま》に何処へ行ったか、いなく
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