此間《こないだ》、有楽座に行った時には、此座《ここ》へお宮を連れて来たら、さぞ見素《みす》ぼらしいであろう、と思ったが、此席《ここ》では何うであろうか、と、思いながら、便所に行った時、向側の階下《した》の処から、一寸お宮の方を見ると、色だけは人並より優れて白い。
 その晩、
「吉村という人、それから何うした?」と聞くと、
「矢張りそのまゝいるわ。」と、言う。
「そのまゝッて何処にいるの?」
「何処か、柳島の方にいるとか言っていた。……私、本当に何処かへ行って了うかも知れないよ。」と、萎れたように言う。
 私は、居るのだと思っていれば、また其様《そん》なことをいう、と思って、はっと落胆しながら、
「君の言うことは、始終《しょっちゅう》変っているねえ。も少し居たら好いじゃないか。」と、私は、斯うしている内に何うか出来るであろうと思って、引留めるように言った。けれども女は、それには答えないで、
「……私また吉村が可哀そうになって了った。……昨日、手紙を読んで私|真個《ほんとう》に泣いたよ。」と、率直に、此の間と打って変って今晩は、染々《しみじみ》と吉村を可哀そうな者に言う。
 そう言うと、妙
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