水というのは何処だい?」
「あなたあんなに言っても分らないの? 直ぐ其処を突き当って、一寸右に向くと、左手に狭い横町があるから、それを入って行くと直き分ってよ。……その横町の入口に、幾個《いくつ》も軒灯が出ているから、その内に菊水と書いたのもありますよ。よく目を明けて御覧なさい! ……先刻《さっき》、私、お場から帰りに寄って、あなたが来るから、座敷を空けて置くように、よくそう言って置いたから……二畳の小さい好い室《へや》があるから、早く其室へ行って待っていらっしゃい。私、直ぐ後から行くから。」と嬉々《いそいそ》としている。
「そうか。じゃ直ぐお出で! ……畜生! 直ぐ来ないと承知しないぞッ!」と、私は一つ睨んで置いて、菊水に行った。
お宮は直ぐ後から来て、今晩はまだ早いから、何処か其処らの寄席《よせ》にでも行きましょう、という。それは好かろうと、菊水の老婢《ばあさん》を連れて、薬師の宮松に呂清を聴きに行った。
私は、もうぐっと色男になったつもりになって、蟇口をお宮に渡して了って、二階の先きの方に上って、二人を前に坐らせて、自分はその背後《うしろ》に横になって、心を遊ばせていた。
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