けられるかと、犇々《ひしひし》と感じながら、
「ふむ/\。」と、独り肯《うなず》き/\唯それだけの手紙を私はお宮が、
「それは何?」
と、終《しまい》に怪しんで問うまで、長い間、黙って凝視《みつ》めていた。それ故文句も、一字一句覚えている。
お宮にそう言われて、漸《やっ》と我れに返って、「うむ。何でもないさ!」と言って置いて、早速降りて行って、女中を小蔭に呼んで訳を話すと、女中は忽ち厭あな顔をして、
「そりゃ困りますねえ。手前共では、もう何方《どなた》にも、一切そういうことは、しないようにして居るんですが、万一そういうことがあった場合には、私共女中がお立て換えをせねばならぬことになって居るんですから。ですから其の時は時計か何か持ってお出になる品物でも一時お預りして置くようにして居りますが。」と、言いにくそうに言う。じゃ、古い外套《とんび》だが、あれでも置いとこう、と、私が座敷に戻って来ると、神経質のお宮は、もう感付いたか、些《ちょい》と顔を青くして、心配そうに、
「何事《なに》? ……何《ど》うしたの? ……何うしたの?」と、気にして聞く。私は、失敗《しくじ》った! と、穴にも入りたい心地を力《つと》めて隠して、
「否《う》む! ナニ。何でもないよ。」と言っていると、階下《した》から、
「宮ちゃん! 宮ちゃん!」と口早に呼ぶ。
お宮は「えッ?」と降りて行ったが、直ぐ上って来て、黙って坐った。
「じゃ、もうお帰り。」と、いうと、
「そうですか。じゃもう帰りますから……種々《いろいろ》御迷惑を掛けました。」と、尋常に挨拶をして帰って行った。
その後から、直ぐ此度は、若い三十七八の他の女中が、入り交《かわ》りに上って来て、
「本当にお気の毒さまですねえ。手前共では、もう一切そういうことはしないことにして居りますから、どうぞ悪《あし》からず思召してねえ。……あの長田さんにも随分長い間、御贔屓にして戴いて居りますけれど、あの方も本当にお堅い方で。長田さんにすら、もう一度も其様《そん》なことはございませんのですから。……況してあなたは長田さんのお友達とは承知して居りますけれどついまだ昨今のことでございますし。」
と、さも気の毒そうな顔をして、黄色い声で、口先で世辞とも何とも付かぬことを言いながら追立てるように、其処等のものを片端《かたっぱし》からさっ/\と形付け始めた
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