し》でもあることと直ぐ察したから、
「遊人か何か?」続けさまに訊いた。
「いや、そうじゃないの。……それも矢張り学生は学生なの。……それもなか/\出来ることは出来る人なの……」低い声で独り恥辱《はじ》を弁解するように言った。其男《それ》を悪く言うのは、自分の古傷に触られる心地がするので、成るたけ静《そっ》として置きたいようである。
「ふむ。矢張し学生で……大学生の前から……。」私は独語《ひとりごと》のように言って考えた。
 女も、それは耳にも入らぬらしく、再び机に体を凭《もた》して考え込んでいる。
「それでその人とは今|何《ど》ういう関係なの? ――じゃ大学生の処に、欺されてお嫁に行ったというのも※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]だったね。……そうか……。」私は軽く復た独語のように言った。そうして自分から、美しゅう信じていた女の箔が急に剥げて安ッぽく思われた。温順《おとな》しいと思った女が、悪擦れのようにも思われて唯聞いただけでは少し恐《こわ》くもなって来た。
「えゝ※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]なの。……私にはその前から男があるの。……はあッ!」とまた一つ深い、太息をして、更に言葉を続けた。「私は、その男に去年の十二月から、つい此間まで隠れていたの。……もう分らないだろうと思って、一と月ほど前から此地《ここ》に来ていると、一昨日《おととい》また、それが、私のいる処を探り当てゝ出て来たの。……私、明後日《あさって》までにまた何処かへ姿を隠さねばならぬ。……ですから最早《もう》今晩きりあなたにも逢えないの。……あなたにこれを上げますから、これを記念に持って行って下さい。」と言葉は落着いて温順しいが、仕舞をてきぱきと言いつゝ腰に締めた、茶と小豆の弁慶格子の、もう可い加減古くなった、短い縮緬の下じめを解いて前に出した。
「へえッ!」と、ばかり、私は寝心よく夢みていた楽しい夢を、無理に揺り起されたようで、暫く呆れた口が塞がらなかった。けれども、しごきをやるから、これを記念に持って行ってくれ、というのは、子供らしいが、嬉しい。何という懐かしい想いをさする女だろう! 悪い男があればあっても面白い! と、吾れ識らず棄て難い心持がして、私は、
「だって、何うかならないものかねえ? そう急に隠れなくたって、……私は君と今これッきりになりたくないよ。
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