何うしよう? ……言って了おうか。」と一寸《ちょいと》小首を傾けたが、「言おうかなあ……言わないで置こうかッ。」と一つ舌打ちをして、「言ったら、さぞあなたが愛想を尽かすだろうなあ!」と独りで思案にくれて、とつおいつしている。私は、やゝ心元なくなって来た。
「何うしたの? ……私が愛想を尽かすようなことッて。何か知らぬが、差支えなければ言って見たら好いじゃないか。」私はその時|些《ちょっ》と胸に浮んだので、「はあ! じゃ分った! 私の知った人でも遊びに来たの?」と続けて訊いた。
「否《う》む!」と頭振《かぶり》を掉った。私も幾許《いくら》何でもまさか其様なことは無いであろうと思っていたが、あんまり心配そうに言うので、もし其様なことででもあるのかと思ったがそうでなくって、先ずそれは安心した。
「じゃ何だね? 待たして焦らしてさ! 尚おその上に唯困ったことがある、困ったことがある。……と言っていたのでは私も斯うしていれば気に掛かるじゃないか。役に立つようだったら、私も一緒に心配しようじゃないか。……何様《どん》なこと?」
「はあッ」と、まだ太息《ためいき》を吐いている。「じゃ思い切って言って了おうかなあ! ……あなたが屹度愛想を尽かすよ。……尽かさない?」うるさく訊く。
「何様《どん》なことか知らぬが尽かしゃしないよ、僕は君というものが好いんだから仮令これまでに如何《どん》なことをしていようとも何様な素姓であろうとも差支えないじゃないか。それより早く言って聞かしてくれ。宵からそう何や彼《か》に焦らされていては私の身も耐らない。」と言いは言ったが、腹では本当に拠《たよ》りない心持がして来た。
「じゃ屹度愛想尽かさない?」
「大丈夫!」
「じゃ言う! ……私には情夫《おとこ》があるの!」
「へえッ……今?」
「今……」
「何時から?」
「以前《もと》から!」
「以前から? じゃ法科大学の学生《ひと》の処に行っていたというのはあれは※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]?」私もまさかとは思っていたが、それでも少しは本当もあると思っていた。
「それもそうなの。けれどまだ其の前からあったの。」
「その前からあった! それは何様な人?」
先刻《さっき》から一人で浮かれていた私は、真面目に心細くなって来た。そうして腹の中で、斯ういう境涯の女にはよくあり勝ちな、悪足《わるあ
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