と思ったが、何処かそう思わせない品の高い処もある。
「へえ。大学生! 大学生とは好い人の処へ行っていたものだねえ。どういうような理由《わけ》から、それがまた斯様な処へ来るようになったの?」
「行って見たら他に細君があったの。」
「他に細君があった! それはまた非道《ひど》い処へ行ったものだねえ。欺されたの?」大学生には、なか/\女たらしがいる、また女の方で随分たらされもするから、私は、或は本当かとも思った。
「えゝ。」と問うように返事をした。
「だって、公然《おもてむき》、仲に立って世話でもする人はなかったの? お母《っか》さんが付いて居ながら、大事な娘の身で、そんな、もう細君のある男の処へ行くなんて。」
「そりゃ、その時は口を利く人はあったの。ですけれど此方《こっち》がお母さんと二人きりだったから甘く皆《みん》なに欺されたの。」
私は、女が口から出任せに※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]八百を言っていると思いながら、聞いていれば、聞いているほど、段々|先方《さき》の言うことが真実《ほんとう》のようにも思われて来た。そうして憐れな女、母子《おやこ》の為に、話の大学生が憎いような、また羨ましいような気がした。
「ひどい大学生だねえ。お母さんが――さぞ腹を立てたろう。」
「そりゃ怒りましたさ。」
「無理もない、ねえ。……が一体|如何《どん》な人間だった? 本当の名を言って御覧。」
女は枕に顔を伏せながら、それには答えず、「はあ……」と、さも術なそうな深い太息《ためいき》をして、「だから、私、男はもう厭!」傍《あたり》を構わず思い入ったように言った。「私もその人は好きであったし、その人も私が好きであったんですけれど、細君があるから、何うすることも出来ないの。……温順《おとな》しい、それは深切な人なんですけれど、男というものは、ああ見えても皆な道楽をするものですかねえ。……下宿屋の娘か何かと夫婦《いっしょ》になって、それにもう児があるんですもの。」
「フム。……じゃ別れる時には二人とも泣いたろう。」
「えゝ、そりゃ泣いたわ。」女は悲しい甘い涙を憶い起したような少し浮いた声を出した。
「自分でも私はお前の方が好いんだけれど、一時の無分別から、もう児まで出来ているから、何うすることも出来ない、と言って男泣きに泣いて、私の手を取って散々あやまるんですもの。――
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