れることがある。
 それに反して好く晴れた日の駒ヶ岳は清楚な感じがある。笛塚山または稍※[#二の字点、1−2−22]遠く離れて鷹巣山あたりから眺めると薄や刈萱などの夏草に掩はれた眞青な單色を遮ぎる一木もない、大きなヘルメットの如き圓い山の膚に丁度編靴の紐のやうな九十九折りせる山徑が裾から頂上まで通じてゐて、眞白い服裝を西洋人の男女がそこを登つてゆくのが小さく認められる。蘆の湯から頂上まで一里半。婦人や子供でも午前中に行つて來られる。少しの危險のない、優しい山である。そこに登ると展望は更に大きい。富士山は手に取るやうにすぐ西北の空に聳つてゐる。眼の下には蘆の湖の水が碧く湛へてゐる。が、駒ヶ岳は東に向いた方を小涌谷から登つて來る道から眺めたよりも、蘆の湯から双子山の裾をめぐつて蘆の湖の方におりてゆくその途上より仰ぐのが最も優れてゐる。丁度蘆の湖の東岸に沿うて長く裾を曳いてゐるその傾斜が今歩いてゐる往還のところまで緩い傾斜の一線を引いてゐる。好く晴れた日でも紗のやうな輕い浮雲を頂邊に着けてゐることがある。少し曇り勝ちの日だと直ぐ雲霧に被れて蘆の湖から湧き上る水蒸氣が丁度腰から肩のあたりを疾風
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