のごとき勢で双子山との峽の方に吹いて通る。そこの往還から見晴しの茶屋あたりまでのところから仰いだ駒ヶ岳は何ともいへない懷しい姿である。私はそこの駒ヶ岳を最も好む。駒ヶ岳の、さうであるのに反して、その邊から眺めた双子山の南に面したところは、何となく人を脅すやうな感じを與へる。往還から舊東海道の方に向つて深い溪になつてゐて、双子山の裾は美しい一線を長くその方に曳てゐる。そして一面薄をもつて被はれた山膚の處々に凄じい焦黒色をした太古の火山岩が磊々として轉がつてゐて、中には今にも頭のうへから落ちかゝつて來さうな形をしてゐる。そこから仰いだ双子山はたゞ何となく憂欝な恐怖の感に滿ちた山である。昔の所謂箱根八里の峠を越して往來をした旅人の眼にはきつと最も強い印象を殘した山であつたにちがひない。見晴しの茶屋から、幾曲りかせる新道のだらだら坂を元箱根の方に降りていつて、舊街道に沿うた湖畔の八町の杉並木を通り越し、箱根町のところから振顧つて眺めた双子山の形も亦た印象深い容をしてゐる。私は蘆の湯からいつもの櫻のステッキを曳きながら一里ばかりの道を湖水の方に散歩して、そのローマンチックな突兀とした双子山の山容
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