めつゝ、舊東海道に沿うて車を進め、聖ヶ岳と鷹の巣山との中腹を掩ひ双子山の裾を這ひ、肩を隱し倍々《ます/\》奔騰して蘆の湯の空を渡り、駒ヶ岳神社に向つて突進する。それが雨後の濕つた天氣の日であると、白い雲霧は丁度深い水の底に澄んでゐる眞鯉の背の如き濃藍色をした聖ヶ岳の中腹を靜に搖曳してゐる。
夕陽が駒ヶ岳の彼方に沈んでゆく頃の山々の美しさといふ者はない。駒ヶ岳は灰白色の雲霧に隱れてしまつて、日頃の懷しい姿はどこにあるかさへ分らない。太陽も雲嵐の奧に影を沒して、たゞ僅に微薄の白光を洩してゐるので、あのあたりにゐるといふことを思ふばかりである。そして、ところどころ煙霧の稀薄になつたところに、まるで無數の金粉を播き散らしたやうな夕映えが水蒸氣となつて煙り、日の射さない處は凝乎と不動の姿勢でゐるかと思はれるやうな雲霧もその實非常な急速力で盛に渦卷きつつ奔騰をつづけてゐるのであることが分る。さうして稍※[#二の字点、1−2−22]暫く見詰めてゐるうちに、どうかすると深い雲霧の中から山の一角を微に顯はすことがある。この時の駒ヶ岳は平常好晴の日に仰ぐ駒ヶ岳とは全く違つた非常な神祕なものゝのやうに思は
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