私は厭あな気持で黙ってそれを聴いていた。私にあてつけて故意にそんなことをいっているのかと思って気をつけていたが、彼女は真実三野村という男の死を哀れんでいるらしい。それならば情涙の涸渇《こかつ》したと思っていたこの薄雲太夫の後身にもやっぱり人並の思いやりはあるのだ。ただ私に対して同情を懐《いだ》かないばかりなのだ。それにしても私のこれほど血の涙の出るほどの胸の中がどうして彼女の胸に徹せぬのであろう。私は自分で自分のことを思ってみても昔の物語や浄瑠璃などにある人間ならばともかくも今の世におよそ私くらい真情《まごころ》を傾け尽して女を思いつめた男があるであろうか……なるほどその三野村という男のことは、もう三、四年も前にちょっと耳にせぬでもなかったが、たといいかなる深い男があっても、自分のこの真情《まごころ》に勝《まさ》る真情を女に捧《ささ》げている者は一人もありはせぬ。それに、自分の観察したところによると、女は自分の方から進んでいって決して男に深くなるような気質は持っていない。男に惚れるような女ならばかえってまた手を施すことも出来るのであるが、彼女に限ってそういう風は少しもなかった。どう
前へ 次へ
全99ページ中78ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング