ともあった。けれどもそれもならず、女主人に会って見たならばと思う望みも絶えて、消え入るような乏しい心地になっていた。それでもどうかしてはまたたまらなくなって、どんな羞《はじ》を忍んでも厭《いと》わないから、一度会ってこちらの悲しい真心を立ち割って話して見たならば、いかに冷淡無情を商売の信条と心得ている廓者《くるわもの》でも、よもやこちらの赤誠が通じないことはあるまい。そう思い返して時々電話をかけて都合を訊いたり、自分で入口まで出かけて往ったことも一度や二度でなかったが、小面《こつら》の憎い女衆《おなごしゅ》はよく私の顔を覚えていると思われて、卑下しながら入口に立った私を見ると、わざと素知らぬ振りをして狭い通り庭の奥の方で働いていた。そして幾度も案内を乞《こ》うと、やっと渋々出て来て、「太夫《こったい》どすか、今いやはりゃしまへん」といって、それっきり中戸の奥にまた引っ返ってしまうのであった。
女主人は今から二十年ほど前まで祇園で薄雲太夫《うすぐもだゆう》といって長い間全盛で鳴らしたもので、揚屋の送り迎えに八文字を踏んで祇園街を練り歩いていたそのころ廓の者が太夫を尊敬して呼び習わした通
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