称を今でもなお口にして太夫《こったい》といっているのであった。
電話で訊くと、今すぐならいるというので夜遅く遠くから急いで行ってみると、今まで内にいたがまたどこかへ出て往ったというよっなことがあって、私はほとんど耐えがたい屈辱を感じていたが、彼らの前にはどんなに馬鹿になっていても、それほど苦痛とも思わなかった。
そのうち女の居所が知れて、本人の心の奥底も分り幾らか自分にも心に張合いか出来たせいか、今までよりも少し勇気づいて、たとい効《かい》のないことにしてももとの女主人のところにもいって話してみようという気になって、また電話で都合を訊くと、「今晩は内にいやはりますよってどうぞ来ておくれやす。太夫《こったい》がそういうてはります」という、いつにない女衆《おなごしゅ》が気の軽い返事である。もっともその二、三日前に私はちょっとした物を持って、ただ入口まで顔を出したのであった。十二時近くになると花見小路の通りは冬の夜ながら妓共《こども》の送り迎えに、またひとしきり往来の人脚がつづいて、煌々《こうこう》としている妓楼の家の中はちょうど神経が興奮している時のように夜の深《ふ》けるに従って冴《さ
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