するような涙が清い泉のように身体中から温《あたた》かく湧《わ》いてくるのが感じられた。私は、その涙を両方の指先に払いながら、
「ああそうですか。それで今ほかの人間の世話になっているというのですか」私は早く先きが訊きたくて心がむやみと急いだ。
主人はうなずいて、「それを姉さんいうてはりました。今世話になってる人というのは、一緒になるというような見込みのある人とちがう。おかみさんもあるし、子供も二人とか三人とかある人で、これまでにもう何度も引かしてやろう言うてたことはあったけど、姉さん自身ではもうあんたはんのところに行くことに、心は定めていたんやそうにおす。そこへ去年の秋のあの風邪《かぜ》が原因《もと》でえらい病気して自分は正気がないようになっているところを付け込んで、お母はんは目先の欲の深い人やよって、今の人がお母はんに金を五百円とかやって姉さんの身を引き受けよう、ほんなら、どうぞおまかせしますということに、自分の知らぬ間に二人で約束してしもうて、医者から何からみんなその人がしてくれて、お陰で病気も追い追い良うなったのやし、今となって向うの人にも深い義理がかかってあのお方の方ばかりへ義
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