ところで、とっくり姉さんの腹を一遍訊いてみたいと思うてたら、私の想像したとおりやった」と、分らなかった謎《なぞ》がやっと解けた時のような気持でいって、また私の方に顔を向けながら、
「ほて、姉さんはこういうてはります。……わたしは、あんたはん――あのお方のことは一日も忘れてはおらん、毎日毎日心の中ではあの人は今時分はどこにどないしておいやすやろ思うて気にかかっていたのやいうてはります。こんどのことには一口にいえん深い事情があって、自分のとうからこうしようと思うていたこととは、ちょうど反対したことになってしまったいうて、きつう泣いてはりました」といって、主人はしんみりとした調子で話した。
 私は、主人がさっきから何度も繰り返していう、姉さんがきつうそれで泣いてはりますというのを聞かされるたびに、その女の泣いてくれる涙で、長い間の自分の怨《うら》みも憤りも悲しみもすべて洗い浄《きよ》められて、深い暗い失望のどん底から、すっと軽い、好い心地で高く持ち上げられているような気がしてきた。そして今までじっと耐《こら》えていた胸がどうかして一とところ緩《ゆる》んだようになるとともに、何ともいえない感謝
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