した」
越前屋の主人はそういって、屈強な男の眼に真実涙を潤《うる》ませている。そしてなお言葉を継いで、私の方を見ながら、
「それぐらいやよって、こんどのことも少しも姉さんは自分の本心でそうしているのやない言うてはります」
しばらくじっと聴いていた婆さんはまた口を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《はさ》んで、
「それが真実《ほんと》でござりますやろ」という。
「そうでしょうかなあ」私も小頸を傾けながら、「そうだとすると、事訳《ことわけ》が大分わかるのですが。……」といって、まだずっと以前初めて女に案内せられて、祇園町《ぎおんまち》の、とある路次裏に母親に会いに往った時の最初の印象を思い浮べてみた。その時すでに妙に似ていない母子だなと思ったのであった。その後も、去年の夏の初めのころ、彼女たち母子の傍に、一カ月あまりも寝泊りしている時にも、時々ふっと二人の顔容《かおかたち》から態度などを見比べて、どうも似ていない、娘には自分もこれほど心から深く愛着していながら、これがその母親かと思うと、さすがに思い込んだ恋も、幾らか興が醒《さ》めるような気がするの
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